実行委員会について
委員長ご挨拶
1989年(平成元年)に始まった飯高檀林コンサートも三十数年が経過し、現在に至っております。私も第一回より実行委員として参加させていただき今日に至っておりますが、これほど長く皆様に支えられて継続できるとは思ってもいませんでした。当時、私はまだ三十代半ばで地元の仲間たちと一緒に活動させていただきました。初回は何もかも初めての体験で様々な課題を毎日のように議論し、一緒に活動して解決していったことを思い出します。その後は雨の中での開催対応、台風などでの開催中止など、突発的な対応を苦労しながら行ってきたことも大きな思い出の一つです。これまでの長きに渡り継続してコンサートを開催できたことは、役員並びに来場された皆様の協力とご支援の賜物と深く感謝申し上げます。
このコンサートは「質の高い演奏により芸術文化の普及と文化財(飯高寺)保護の啓発」を目的として開催しております。この小さな田舎で質の高い演奏を聴き、地元の誇りである文化財「飯高寺」を大切に思う心を育んでいただければと願っています。そのため出演者の方々も厳選し出演していただいております。今後もこの精神を大切にしながら開催していきたいと考えています。これからも今までのように、皆様に愛される飯高檀林コンサートとなれるよう努力していきたいと思います。今後も今までと変わらずの応援、協力ご支援をいただければ幸いです。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
目的
成り立ち
- 昭和58年5月飯高寺住職 藤井教詮の死去を受け、講堂にて盛大な葬儀が執り行われた。僧侶数十人による読経が堂内に響き渡り、まるで音楽のように聴こえたことから、ここでコンサートを開催できたらという思いが、消えず頭の隅にあった。
- 昭和63年折しも当時の竹下内閣が発案した「ふるさと創生1億円事業」によって、地方公共団体が自ら主導する地域づくりに、市教育委員会に勤務していた藤崎(現会計担当)が八日市場市(現匝瑳市)に対し「檀林コンサート(仮称)」の発案を行い、地域の振興が図られると企画が受け入れられた。
- 平成元年4月地元有志により「飯高檀林コンサート実行委員会」を立ち上げ、予算や日程、各部門のメンバー編成など折衝を開始。
- 平成元年10月第一回飯高檀林コンサートを開催 入場者数1,400人